レシピの話

フランス地方料理を巡る旅

オクシタニー地方

ティエル セトワーズ タコのパイ包み焼き セート風とワインの話

Tielles Sétoises

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 先月に引き続きオクシタニー地方を訪れます。今回のレシピはフランスでは珍しい「タコ」を使ったレシピのご紹介です。南フランスの沿岸地方以外ではあまり食されない軟体動物のタコやイカ。隣国イタリアやスペインでは人気の食材も、フランス人にはまだ馴染みの薄い食材なのか、食べたことがない、美味しいの?とクールな反応。パリのマルシェでは丸まま冷凍された大きな塊の生タコが売られているのを見かけるのですが、タコ好きの日本人でもなかなか買うのを躊躇するような大きさ。一度思い切って買ってはみたものの、日本のスーパーで売っているタコがいかにプリプリして美味しいかを実感する結果に・・・。フランスで美味しいタコを食べたいなら南フランスへ。セート(Sète)を始め、地中海沿岸地方ではオリーブオイルやトマト、ニンニク、ハーブと共に美味しく調理されたタコやイカを始めとした魚介料理が楽しめます。

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そして、今月からの新企画!料理に合うワインについてメートル・ド・セルヴィスの会の皆さんが『レシピに合うワインの話』を書いてくださることになりました。サービスのプロからの視線で、レシピに合うワインやその地方のぶどう品種や生産ワインの特徴についても教えていただきます。ワイン選びやお客様にお薦めする際のご参考に、またソムリエになったつもりで読んでも楽しめます。旅をしたような気分になる初回エッセイはページ後半の「第2章」でどうぞお楽しみください。


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▲セートの名物料理「ティエル」。もとは漁師の家庭のママン(お母さん)の手作りおやつだったそう

~ 第1章 ~
 ティエルのレシピの話

材料

<材料>直径21㎝タルト型
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  • (生地)
  • 薄力粉: 200g
  • オリーブ油: 35ml
  • 白ワイン: 25ml
  • 卵黄: 1個分
  • ぬるま湯: 少々
  • 塩: 3g
  • ドライイースト: 2g
  • 砂糖: 少々

  • (ファルス)
  • 小タコ(一口大切り): 300g
  • トマト(コンカッセ)粗みじん切り: 300g
  • タマネギ(アッシェ)みじん切り: 100g
  • タイム: 3枝
  • ローリエ: 1枚
  • カイエンヌペッパー:少々
  • オリーブオイル:15ml
  • 白ワイン: 200ml
  • 白ワインビネガー(マイユ): 少々
  • パセリ: 少々
  • 塩・コショウ・砂糖:適量

作り方

(生地)
  • ボールにぬるま湯、ドライイースト、砂糖を入れ混ぜ、約30分間温かいところで寝かせる。
  • 残りの材料を1に加え、よく混ぜ、濡れふきんをして30℃くらいの温かいところに置いておく。(2倍に膨らむ)
  • 生地を麺棒で薄く伸ばし、タルト型2枚分をとる。
  • (ファルス)詰め物
  • フライパンでオリーブオイルを熱し、タマネギ、にんにくを炒め、香りを出す。トマトを加え炒める。
  • タコと他材料を加え、柔らかく煮ながら濃度がつくまで煮詰め、冷ます。
  • (仕上げ)
  • タルト型に1枚、生地を敷き込み、ファルス(詰め物)を加え、もう1枚の生地で包む。表面をフォークでピケ(穴あけ)しておく。
  • スチコンの場合(オーブンモード・100%・200℃・30分・風4)で焼き上げる。※普通のオーブンでも同様。
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ティエル・セトワーズの説明&シェフエピソード

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 モンペリエから車で約20分のところにセート(Sète)という港町があります。「フランス料理好き」ならご存じの方も多いと思いますがセートと言えば、やはり「イカのセート風煮込み」が有名ですね。今回、ご紹介する「Tielle Sétoise」は歴史的には少し浅いのですが今では立派な郷土料理として人々に認知されています。パリパリの生地の中にタコのトマトソース煮込みを挟んで焼いたパイ料理です。もともとこの料理、80年くらい前までは貧しいイタリア系移民の食べ物だったそうで、地元の子供たちが学校のおやつの時間にパン屋さんのクロワッサンを食べていたのに対し、漁師の家庭が多かった移民の子供たちはママン手作りの

▲南フランスの港町 

この「ティエル」を引け目を感じながら隠して食べていたそうです。今の感覚だとクロワッサンももちろん美味しいんですけど、どちらかと言えば「ティエル」の方が私的にはご馳走だなあと・・・。それがだんだんと地元の人々の間で広まり、1930年代後半には屋台でも販売され始め、時と共に名物料理となっていったそうです。
 名産のタコ(小さなタコ)をたっぷりと、そしてオリーブオイル、トマト、スパイスと南仏感たっぷりのパイ料理で、大きさも一人前の一口パイから大家族で食べられるぐらいの大きなものまで様々なヴァリエーションがあります。イタリアの兵隊さんが自分たちが携帯食料として持ち歩くピザが表面が乾いてしまって美味しくなくなってしまうという問題をスペインの兵隊さんがやっていた方法を真似して、生地2枚で具材を挟んで焼き上げる形に改良して問題解決したのが元祖なんて話もあるそうです。いわゆるイタリア料理の「カルツォーネ」ですね。

281862140_404295554744798_8356952546597230952_n.jpg 私はフランスでの仕事でタコを扱ったことはなかったのですが、タコといえば忘れられない痛い事件がありました。渡仏前に日本で働いていたある日、自分のポジションの仕込みが早く終わったので、隣のポアソニエ(魚料理担当)のお手伝いをすることになりました。丁度、明日の宴会用の仕込みで大量のタコの下処理作業中です。何とか時間内で無事にお手伝いを終えた次の日の朝、起きてみると私の右手の親指が腫れあがり、紫色になっていました。びっくりして、出勤前に救急病院へ行き、切開して中の膿を出し、数針縫われました。どうやらタコに付いていた雑菌が入って化膿してしまったらしいのです。親指に包帯ぐるぐる巻きで出勤し、それを隠していつもの様にミザンプラス(仕込み)をしていると朝の挨拶の握手でまわってきたシェフに呆気なく見つかり、その場でこっぴどく叱られました。不注意だと。ちょうど重要なポジションを任されていたので休みは貰えず、治るまで間、仲間の助けを借りながらの仕事でした。今では考えられませんが、その時はそういう時代だったのです。後にも先にも、指を縫うような調理作業中の怪我はそれだけです。皆さんもタコの扱いには十分に気を付けましょう。
280080690_421968046157038_2736025416547128298_n.jpg▲カフェでも魚介を使ったメニューが豊富。『イカの冷製サラダ』ビールやロゼにも良く合います

 さてフランス料理でパイ包み料理といえば、まず私の頭に浮かぶのは、故ポール・ボキューズの「Loup en croûte, sauce Choron / スズキのパイ包み焼き ソース・ショロン」です。残念なことにオリジナルのルセットのものを仕事で作ることは一度もありませんでしたが、料理書に載るカラー写真はこの業界に入って以来、穴が開くほど何百回も見ていました。私の中では「憧れのフランス料理」のひとつでした。「いつか本物を食べてみたいなあ。」と漠然と思っていました。
 3年間のフランス生活を終え、帰国してシェフになり数年が経った時、夏休みを兼ねた新婚旅行で再びフランスへ行くことになりました。といっても数日間の滞在しかできない(予算も限られているし)し、パリはバカンスでレストランが休みだし、でも折角のチャンスなので地方ならいけるだろうとギッド・ルージュ(ミシュランのガイドブック)を見ながら行ってみたいレストランのリストを作って奥さんに見てもらい、その30軒の中から1軒を選んでもらうことにしました。選択に相当時間がかかるだろうから1軒1軒説明しなきゃと思っていたら、ものの数秒でリストの中の「ポール・ボキューズ」を指差しました。この名前なら知ってると・・・。世界一有名な三ツ星レストラン(当時)、流石です。これで「スズキのパイ包み焼き」が食べられる。
 なんやかんだでパリに到着して二日目、いよいよ「ポール・ボキューズ」に向かいます。パリのリヨン駅からTGVです。余談ですが、パリにある大きな駅の中でもこのリヨン駅が私は大好きでした。最も利用した回数が多かった駅ですし、駅の構内やその佇まい、そして駅前までもが何だか雰囲気が格好良くて。あと何と言っても駅のシンボル的な存在として1901年創業の老舗レストラン「Le Train Bleu / ル・トラン・ブルー」の存在が大きいです。日本で言う駅ナカにあるのです。1990年のフランス映画、リュック・ベッソン監督の「ニキータ」で主人公がおもむろにベンチシートから立ち上がり、無表情でいきなり銃をぶっ放すショッキングなシーンの舞台がここ「ル・トラン・ブルー」です。ご覧になった方もいらっしゃるのでは。私が在仏中の1992年に完全に修復され、より煌びやかにそしてゴージャスになりました。星付きレストランとはまた違う視点でフランス料理が楽しめる大きなレストランです。今回は、リヨンのボキューズで食事をするので、「ル・トラン・ブルー」の真下のカフェでクロワッサンとカフェオレで軽くフランススタイルの朝食をとってからTGVに乗り込みます。「スズキのパイ包み焼き」を密かな目的とした「ポール・ボキューズ」での様子は、次回の地方のページで。(シェフM.T.)

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▲ポール・ボキューズを描いた壁画

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~ 第2章 ~ 
ティエルとワインの話
岩佐 和(いわさ わたる)さん(学士会館精養軒)

 郷土料理って、本当に美味しそうですよね。フランス大好きな方も、少しだけワインを嗜んだり、他国の郷土料理を作ったりなさる方々もどうしてもワクワクしてしまう。あたかも自分が現地のレストランでその料理を楽しんでいる姿を想像してしまう... そんな魅力が郷土料理にはあります。セートの港町。エロー県の都市であり、その近郊はモンペリエをはじめ"ラングドックのヴェネツィア"とも呼ばれるそう。

となると、やはりその郷土で生まれるワインを一緒に楽しみたいですね。では、私たちが現地のレストランでこのお料理と合わせるワインをサーヴしてお客様に楽しんでいただく姿をイメージしてみましょう。

タコの独特の旨味に真っ赤なトマトがしっかりからんで、そこにハーブやオリーブオイルと食欲増進のニンニク。それらがサクサクの生地に包まれたこの一皿。デジュネ(昼食)の時間に腹ペコの人達へどんなワインをお薦めしましょう?

ラングドック・ルーションと言えばフランス最大のワイン産地です。また非常にコストパフォーマンスの高いラングドックのワインが大きな生産量を占めています。
そんなIGP(※)ペイ・ドックでは58種もの品種が栽培されています。
ペイ・デロー・ブラン Pays d'herault blanc なんていかがでしょうか。アルテッス、アルヴィン、オーセロワにシャルドネや現地の食用葡萄でもあるシャザン等を使って作られることもあるワインです。様々なスタイルはあれど、お昼時に軽くハーフボトルで"ティエル"と是非!なんて言ってみたい。キリッキリに冷やして爽やかながらも口中から余韻にかけて地中海気候で育つジューシーなフルーツのニュアンス、そしてハーブやミネラルを感じられるはずです。

すこし旅したい気分ならば、コルスのワイン。
パトリモニオ・ロゼ/ドメーヌ アントワーヌ・アレナ
Patrimonio rose/Demaine Antoine Arena
AOCパトリモニオでニエルッキオ主体で作られるロゼです。
コルスでも有名で、世界からも注目されるドメーヌ。
明るいルビーにオレンジも重なるような色合いで、柑橘よりも熟したベリーやスミレの香り。滑らかで透明感のある酸に黒胡椒の様なスパイスの余韻は秀逸。非常にエレガントなワインだと思います。

そうですよね、もう地中海のニュアンスがこの料理にはあります。スペインやポルトガル沿岸部にも似たような料理がありそう... ブドウ品種もワインのスタイルも沢山思い浮かんできますね!

Bon Voyage!
277592609_1587900768277596_4450536472449403759_n.jpg ▲地中海に面した海岸線。美しい景色が楽しめます

寄稿者:岩佐 和(いわさ わたる)
     学士会館精養軒 フランス料理 ラタン
     マネージャー ソムリエ
     メートル・ド・セルヴィスの会 幹事
     APGF 2019年 第18回メートル・ド・セルヴィス杯 準優勝


※IGP(indication géograghique protégée)... 地理的表示保護のこと。産地や使用するぶどう品種、収穫量、醸造方法を定め、品質と原産地を消費者に保証するもの。いっぽう、生産者たちは自由にぶどうを選びつつ、自分たちが作りたいその産地のワインを作ることができる。

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